静かに、しかし確かに――またひとつ、昭和の灯が消えた。
俳優・沢竜二(さわ・りゅうじ、本名:酒井勲)さんが、2025年5月21日、心不全のため都内の病院で亡くなっていたことが明らかになった。享年89歳。訃報は27日、長女の女優・竹下愛美さんによって発表された。
「父は最期まで“役者”でした。静かに眠るように旅立ちました」
その言葉の通り、沢さんは人生の最後まで、役者としての姿勢を崩すことなく、自らの道を貫いた。
■死因は「心不全」 役者人生の幕引きは、静かな最期だった
沢さんの死因は「心不全」。入院中の都内の病院で家族に見守られながら、穏やかに息を引き取ったという。
長年にわたり舞台に立ち続けてきた彼の身体には、年齢相応の疲労と持病もあったとみられるが、最期まで「次の芝居の話をしていた」と周囲は語る。
「命が尽きる瞬間まで、演じることを諦めなかった」
まさに、その生涯すべてが“役者”だった。
■家族構成――長女・竹下愛美さんが最期まで寄り添った
沢さんの家族については多くが語られていないが、確実に知られているのは長女・竹下愛美さんの存在だ。
彼女自身も女優として活動しており、沢さんが晩年を過ごした際には、最も近くで彼を支え続けた存在だった。
「父の役者魂に、娘としてだけでなく、表現者として心から尊敬していました」
という愛美さんの言葉からも、親子の深い絆が伝わってくる。
他に配偶者や息子などの家族についての詳細は公表されていないが、葬儀は「親族・近親者のみ」で静かに執り行われた。沢さんの望み通り、騒がれることなく、芝居と同じように静かに幕を引いた。
■旅芝居に生まれ、舞台に育てられた少年
沢竜二さんは1935年、福岡県に生まれた。旅芝居一座を営む家庭に生まれ、物心がつく頃には舞台の裏で過ごしていた。セリフを知らずとも、所作と呼吸を身体で覚えた幼少期。その原点が、彼の演技に宿る“生っぽさ”と“情”を形づくった。
1954年、19歳の若さで母から一座を継ぎ、「沢竜二一座」を結成。全国を巡る日々の中で、汗と土と観客の笑顔にまみれながら、役者としての礎を築いた。
■歌手を志して東京へ だが再び芝居が呼び戻す
一座を解散したのは1964年。劇団を畳み、沢さんは新たな夢を追って東京へ。目指したのは歌手だった。名作曲家・船村徹氏に師事し、レッスンを重ねたが、音楽の世界では大きな成功はつかめなかった。
しかし、それで道を終えるような男ではない。彼の中には、常に「表現したい」という強い欲求があり、やがて再び芝居の世界に戻ってくる。
■映画「トラック野郎」などで放った存在感 泥臭く、骨太に生きた役者魂
沢さんが一躍注目を集めたのは、70年代後半からの映画出演だった。なかでも『トラック野郎』シリーズでは、豪放磊落な“昭和の男”像を体現。泥にまみれた労働者のリアリティ、義理人情に厚い生き様は、見る者の胸を打った。
同時に『瀬戸内少年野球団』など、社会性のある作品にも出演し、幅広い役を演じた。どんな作品でも共通していたのは、“観客に背中を見せられる芝居”をしていたこと。そこには、自らが歩んできた旅芝居の魂が、常に生きていた。
■大河ドラマでも活躍 年齢とともに深まる芝居の味わい
俳優としての実力は、NHK大河ドラマでも遺憾なく発揮された。
『風と雲と虹と』(1976年)や『おんな太閤記』(1981年)に出演。歴史を背負う重厚な役柄にも、圧倒的な存在感で応えた。
「芝居は、老けてからの方が面白い」
そう語っていた沢さん。実年齢を重ねることでしか得られない“重み”を持って、彼は役と向き合い続けた。
■“本物”たちが認めた俳優 勝新太郎との酒と芝居
沢さんの人間関係もまた、彼の人柄を物語る。
故・勝新太郎さんとは親交が深く、深夜に芝居を語り合うのが常だった。ほかにも、菅原文太さんなど名優たちと多くの交流があり、互いの芝居を尊敬し合っていたという。
「勝さんが“お前は嘘をつかない役者だ”と言ったのが、父の誇りだった」
と竹下愛美さんは語っている。
■晩年も舞台に立ち続けた理由
80代になっても、沢さんは現役で舞台に立ち続けた。疲れや体力の衰えはあったが、それ以上に、「舞台で生きる」ことが彼の支えだった。
「舞台に立ってると、身体が勝手に動く。観客の目が、薬なんだ」
そう語っていたように、沢さんにとって芝居とは“生きる証”だった。
■“沢竜二”という生き方が残したもの
昭和から令和まで、時代の波に流されることなく、自らの信じる道を歩み続けた沢竜二さん。大きな賞や華やかなニュースとは無縁だったかもしれない。だが、彼の芝居は、確実に“誰かの心に残る”ものだった。
人間くさく、情け深く、時に不器用で、だけどまっすぐ。
そんな彼の演技には、どこか観る人の人生までも映し出すような深さがあった。
――沢竜二という役者がいた。
その事実だけで、芝居の世界は少し誇らしくなれる。
心からの敬意と哀悼を込めて、ご冥福をお祈り申し上げます。
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