南米ペルー、アンデス山脈の最高峰ワスカラン。
標高6768メートルという“空に最も近い山”で、日本人女性2人が遭難――そんな衝撃のニュースが飛び込んできました。
そして、そのうちの1人、命を落としたのは、ただの登山者ではありません。
彼女は医師であり、国際山岳医であり、そして“命を守る登山のプロフェッショナル”―― 稲田千秋さん(40) でした。
「なぜ、プロ中のプロが命を落としたのか?」
「稲田千秋さんとは一体、どんな人物だったのか?」
知られざる彼女の素顔と壮絶な人生を、徹底的に掘り下げていきます。
◆ 山のプロが命を落とした…衝撃の死因とは?
2025年6月下旬、稲田さんとクライミングパートナーの寺田紗規さん(35)は、ガイドなしでワスカラン山に挑戦していました。
登山経験豊富な2人にとっても、この山は“別格”。世界中の登山者が憧れ、同時に多くの命が奪われてきた難峰です。
そして悲劇は、標高約6500メートル地点で起きました。
稲田さんは 低体温症 により行動不能となり、救助を要請。
しかし、悪天候と高地の影響で救助は難航。救助隊が到着した時、彼女はすでに意識不明の状態でした。
その場で死亡が確認され、プロの山岳医である稲田さんは、自らが挑んだ山で命を落とすことになったのです。
皮肉にも、彼女は「山で命を落とさないため」に尽力し続けた人物。
その彼女が、最後は自然の厳しさに飲み込まれるという事実が、山岳界に大きな衝撃を与えています。
◆ 稲田千秋さんのプロフィール|山岳医・登山家・母という3つの顔
- 名前:稲田 千秋(いなだ ちあき)
- 年齢:40歳(2025年時点)
- 職業:形成外科医/国際山岳医(DiMM資格保有)/山岳医療指導者/登山家
- 居住地:山梨県北杜市
医師としての顔だけではなく、国内外の難峰に挑む登山家としても知られ、特に「山岳医療」の分野では第一人者的存在でした。
さらに、彼女は一児の母。
家庭とプロフェッショナルなキャリア、そして命を懸けた登山、そのすべてを両立させていたのです。
◆ エリート街道と挑戦の連続|華麗なる学歴・経歴まとめ
稲田さんの歩んできた道は、まさに「挑戦の連続」でした。
◆ 防衛医科大学校へ進学
学生時代に自ら山岳部を立ち上げ、医療と登山を両立。
この頃から、すでに“山に生きる覚悟”を固めていたことがわかります。
◆ 航空自衛隊医官として活躍
山岳訓練や低圧環境医療の最前線で研究・実践を積む。
医師としてだけでなく、現場での危険や命の限界に向き合い続けました。
◆ 2015年 国際山岳医(DiMM)資格取得
世界標準の山岳医療を学び、日本での普及活動を本格スタート。
◆ 2016年 “エル・キャピタン”ザ・ノーズ 完登
米国の超難関ルートで知られるこの大岩壁を登りきった実力者。
彼女が単なる医師ではなく、本物のクライマーであることを証明する一戦でした。
◆ 2018年 自衛隊を退官し独立
山梨県北杜市を拠点に、山岳医療団体を設立。
登山者への医療サポートやパトロール、山岳地帯での講習活動を精力的に展開。
◆ 2020年 博士号取得(山岳医学・高山病分野)
自身の登山経験と医学を結びつけ、学術的な裏付けをさらに強化。
稲田さんは、自らの知識と経験を登山者の命を守るために惜しみなく捧げてきた人物なのです。
◆ 結婚相手は誰?実は夫婦で“山岳最強チーム”だった
稲田さんの夫は、同じく国際山岳医で医師の 稲田 真(まこと)さん。
2人は防衛医大時代の同期であり、人生のパートナーでもあり、仕事の同志でもあります。
夫婦で山岳医療団体を立ち上げ、YouTubeなどで情報発信も。
まさに“山岳界の最強コンビ”として、登山者や医療従事者から厚い信頼を得ていました。
◆ 幼い子供の存在…残された家族の思い
2022年、稲田さん夫妻には待望の第一子が誕生。
まだわずか3歳ほどの息子さんが、今回の遭難事故で“母のいない世界”と向き合わなければならなくなったのです。
命を守ることに人生をかけた彼女が、愛する家族と引き裂かれる――
その現実が、どれほど過酷で切ないものか、想像を絶します。
◆ まとめ|山岳医の死が私たちに突きつけたもの
「山のプロフェッショナル」だった稲田千秋さん。
医師として、登山家として、母として…すべてを全力で生きた40年でした。
そんな彼女が命を落としたことで、私たちは忘れてはいけない事実を改めて思い知らされます。
それは、
“どんなに経験豊富でも、知識があっても、山は人間に絶対の安全を約束してはくれない” ということ。
だからこそ、無謀な挑戦は避け、徹底した準備とリスク管理が必要なのです。
彼女の死は、その現実を私たちに痛烈に突きつけています。
稲田千秋さんのご冥福を、心よりお祈りいたします。
コメント