2024年5月24日。午後7時45分。
東京の病院で、ひとりの漫才師が静かに人生の幕を下ろしました。
漫才コンビ「昭和のいる・こいる」の“のいる”こと、昭和のいるさん(本名:岡田弘)。
肺炎のため亡くなりました。享年88。
あの、どこか飄々として、でもしっかりと相方を受け止めるツッコミ。
もう一度、聞きたかった。
あのテンポ、あの間、あの温もり。
それは昭和から平成、そして令和へと続く“笑いの文化”の大切な一章でした。
プロフィール──昭和の芸、昭和の粋
- 芸名:昭和のいる(しょうわ のいる)
- 本名:岡田 弘(おかだ・ひろし)
- 生年:1935年(昭和10年)
- 出身地:石川県
- 芸歴:1966年 獅子てんや・瀬戸わんやに入門
- デビュー名義:「花園のいる・こいる」
- 功績:
・1974年 真打ち昇進
・1976年 NHK漫才コンクール 最優秀賞
・1977年 国立演芸花形新人賞 銀獅子賞
・2001年 CD『そんなもんだよしょうがない』リリース(作詞:高田文夫、作曲:玉置浩二)
温厚で誠実、舞台の上でも下でも“芸人らしさ”を忘れなかったその姿は、まさに昭和という時代を象徴する“粋人”そのものでした。
家族構成──舞台の外でも支えられた人生
プライベートでは、妻の安紀子(あきこ)さんと穏やかな家庭を築いていました。
喪主も安紀子さんが務めています。
家庭の話題を積極的に語る人ではありませんでしたが、長年支えてくれた伴侶がいたからこそ、昭和のいるさんの“変わらない笑い”があったのかもしれません。
「のいる・こいる」の伝説──苦労の果てにたどり着いた笑い
「のいる・こいる」という名には、実は深い意味があります。
それは「苦労(苦いる)を乗り越える(超える)」という願い。
華々しいスタートではありませんでした。
小さな舞台からコツコツと積み重ねた経験が、あの“引き算の笑い”を生み出しました。
派手さはないけど、じんわりくる。
寄席で、テレビで、映画で……。
どんな場所でも“のいる・こいる”は、ひときわあたたかい空気を届けてくれました。
ツッコミ役ののいるさんと、軽妙な“いい加減ボケ”のこいるさん。
特に、「ヘーヘーホーホー」と早口でごまかすこいるさんに対し、のいるさんがじっくり、ちょっと困ったようにツッコむスタイルは、芸の域を超えて“文化”でした。
2021年──こいるさん、先に旅立つ
昭和のいるさんの相方、“こいる”こと岡田光良さんは2021年に前立腺がんで死去。享年77。
あの瞬間、私たちは「のいる・こいる」の復活がもう叶わないと悟りました。
そして3年後の2024年、のいるさんもまた、静かにその後を追うように旅立ちました。
再会の舞台は、きっとあの世。
「ヘーヘーホーホー」からの、「なんじゃそれは!」――今ごろ、雲の上の寄席で拍手が湧いているかもしれません。
死因「肺炎」──高齢を襲う、静かな病魔
死因は肺炎。
ただの風邪の延長では?と油断しがちですが、88歳という高齢での肺炎は命に関わる深刻な病です。
特に高齢者は、嚥下機能や免疫が低下することで「誤嚥性肺炎」を発症しやすくなります。
これは食べ物や唾液が誤って気道に入り、炎症を引き起こすタイプの肺炎。
「ただのむせ」と見過ごした数日後に、重篤化することも珍しくありません。
長年舞台に立ち続けた昭和のいるさん。
その分、体への負担も蓄積していたはずです。
今回の訃報は、「笑いを届ける人も、病には勝てない」――そんな現実を突きつけてきます。
「そんなもんだよ、しょうがない」──人生を丸ごと笑いに変えた男の美学
昭和のいるさんが2001年に発表したCD『そんなもんだよしょうがない』。
高田文夫が詞を、玉置浩二が曲を手がけたこの作品には、まさに彼の芸人人生そのものが詰まっています。
ちょっと投げやり。でも、どこか優しい。
誰も責めず、誰にも媚びず。
うまくいかなくても「そんなもんだよ」。
悲しい出来事にも「しょうがない」。
そのセリフに、私たちはどれだけ救われてきたでしょうか。
終わりではない、「のいる・こいる」は文化になった
今、テレビをつけても寄席を覗いても、「のいる・こいる」のようなスタイルの漫才は、なかなか目にすることができません。
でも、ふとした瞬間、会話の間に、言葉の選び方に、彼らの笑いがよみがえることがあるんです。
それだけ「のいる・こいる」は、私たちの心に根を張っていたんだと思います。
笑いって、人を救います。
昭和のいるさんは、何十年もその役割を黙々と果たし続けてきました。
派手ではなく、だけど確かに。
彼の生き様そのものが、「笑いの美学」だったのです。
昭和のいるさん、ありがとう
これからもあなたのツッコミが、ふとした日常の中で聞こえてくる気がします。
ありがとう、昭和のいるさん。
どうか天国で、またあの相方と、気の抜けたやりとりを。
そんなもんだよ、しょうがない。
でもやっぱり、寂しいです。
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